やさしさの罠(前編)

生き方・思考

私は昔、「優しさは良いものだ」と教わって育った。
人に優しくすること。人に迷惑をかけないこと。
どんなときも“優しさを基準に行動すること”が大切だと、ずっと信じていた。

けれど大人になった今、気づいてしまったことがある。

優しさは確かに大切だが、
“優しさだけ”では人は壊れる。

そして壊れる人ほど、ほぼ例外なく
優しさ × M性(受容性) を抱えている。

これは幼少期の女の子の同級生の話でもある。
そして社会のどこにでも転がっている「構造」の一つだ。


■ 優しさと“M性”の始まりは、本人が全く気づかない

その子は、とても優しかった。
そして、当時の彼女は知らなかった。

自分が「特別扱いされている」ことも、
嫉妬の対象になっていることも、
異性にとって“好意”とは違う方向で見られていることも。

子どもは皆、自分を基準に世界を見る。
だから、こう思ってしまう。

「みんなも同じ経験をしているんだろう」

だが現実は違う。

実際には——
ある子は異性から声をかけられたことが一度もない。
ある子は同性からの攻撃を延々と受けている。
そして“かわいい子”は、嫉妬と欲望の両側から押され続ける。

ここで「優しさ × M性」の分岐が始まる。


■ 男性からは“異性”として見られ、女性からは“敵”として見られる

優しい子ほど、境界線を作らない。
嫌味を言われても笑って受け入れ、
頼まれたことを断れず、
“優しさで処理”してしまう。

同性からの嫉妬は増え、
「これやっといて」
「なんであんたばっかり」
という投げ込みが始まる。

優しいから受け入れてしまう。
そして、それが“都合のいい役割”の固定になる。

男性側では別の圧が始まる。

最初は助ける。
だがその根底は“友情”ではなく“欲望”であることが多い。

最終的には、

「付き合う気はないけど、体は…」
という方向に流れやすい。

その時点で、彼女の中の何かが崩れ始める。

友達はいない。
頼ってくれるのは男性だけ。
でもそれは“人間として”ではない。

ここで光が闇を引き寄せ始める。


■ 優しさという光が、周囲の闇を引きつけ始める

彼女の優しさは本来“光”だ。
しかしその光は、
自己主張のない優しさ、
線を引けない優しさ、
境界を持てない優しさへと変化すると、

光は闇の餌になる。

周囲の闇が彼女の光に吸い寄せられ、
ゆっくりと渦を巻き始める。

やがて光は埋もれ、
中心には“優しさだったはずの核”だけが残り、
外側は黒い層で覆われていく。

私はいつも、あの千と千尋の「汚れ神」を思い出す。

本当はきれいなものなのに、
他人の汚れを浴び続け、
黒い塊にされていく存在。

優しい人ほど、
“あれに近い形”になってしまう。

本人は悪くない。
もともとは優しさの塊だ。

でも、周囲の負の感情を吸収し続けると、
その優しさが重さに変わり、
やがて ブラックホール化 していく。


■ ブラックホール化の先にあるもの

ブラックホールになった優しさは、
まず家族を壊し、
次に職場を壊し、
最後は自分を壊す。

便利屋化された人生。
異性からの都合の良い扱い。
同性からの攻撃。
自己価値の喪失。

気づいたときには、
優しさは本人の人生を守るものではなく、

“他人の負を無償で背負うためのシステム”になっている。

そして最終的に人は壊れる。

これは珍しい話ではない。
歌舞伎町を数日歩くだけで、
この構造を経たであろう人に何人も出会う。


■ 私が見た「優しさの壊れ方」は、いつも似ている

私は過去、いじめられていた女の子から相談を受けたことがある。

彼女も同じ構造の中にいた。

私は言った。

「かわいいからだよ。でも、それに依存するな。
かわいさは武器になるが、永遠ではない。
自分を確立しろ。」

優しさに押し潰されるのではなく、
優しさを“力”に変えるには
明確な境界が必要だった。

優しさは光だ。
しかし光の中心が空洞のままなら、
そこに闇は必ず入り込む。

これが、
優しさ × M性がブラックホールを生む構造の前編 だ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました