僕は「思考すること」自体は、とても価値のある行為だと思っています。
最初は、その思考の世界が知的で、美しく、洗練されたものに見えていました。
ですが今は、はっきりと思っています。
行動に変換されない思考は、ほとんど意味がありません。
極端な話、何も考えずに布団で寝ている方が、老化もしないし、体にも優しい。
行動しない前提なら、考える必要すらないのです。
思考だけで終わる人が生まれる構造
僕はたまに将棋を指します。
すると必ず出てくるのが、いわゆる「イヤジ」です。
・次の一手を口に出す
・打った手を批判する
・自分は指さないのに助言だけする
これは明確なマナー違反です。
しかし本人は、自分が「分かっている側」だと思っている。
ここには、はっきりした構造があります。
- 自分では責任を取らない
- でも思考は主張したい
- 評価だけは得たい
理性的に考えているつもりでも、実際は理性が効いていない。
そして、その行動は何の結果も生みません。
仮にその将棋が優勝しても、それは助言者の勝利ではないからです。
意味のない行動とは、まさにこの状態だと思っています。
僕が費やした「半年」の正体
僕は今、ある授業・事業をやろうとしています。
正直に言えば、考えに考え抜いて半年以上かかりました。
この半年間に、実際にやったことは多くありません。
- サイトを1つ立ち上げた
- Xアカウントを1つ作った
- チラシを作った
- 必要な物品を購入した
冷静に見れば、本気なら数日で終わる作業です。
では、この半年は何をしていたのか。
今ならはっきり言えます。
やらない自分と戦っていました。
リスクを考え、失敗を想定し、本業や副業、家族、社会情勢まで持ち出して、
「今はまだやらなくていい理由」を必死に組み立てていた。
思考していたというより、
行動しない自分を正当化するために戦っていた時間だったと思っています。
行動し始めると、世界が合わなくなる
行動に移し始めると、不思議なことが起きます。
周囲と話が合わなくなるのです。
世の中の大多数は、行動しません。
だから会話はこうなります。
「怖いよね」
「まあやらない方が無難だよね」
「そうだよね」
この会話自体が、停滞の共同体になっています。
ここに、心から入れなくなる。
一方で、行動側に寄りすぎると、今度は人間が痩せていく。
いわゆる「意識高い系」に寄りすぎると、心が大衆から離れてしまう。
僕はそれを望んでいません。
心は大衆側に置いたまま、行動だけ前に出す。
このバランスを保ったまま実行できる人は、本当に少ないと思います。
それでも、今やる理由
僕は40代です。
正直、今を逃せば、気力・体力・時間、すべてが下り坂に入る。
訴訟リスクも怖いです。
副業と本業を抱え、耐えられる余裕があるわけではありません。
ですがこれも、冷静に見ればまた一つの言い訳です。
日本で、普通にやっていて訴訟が頻発するわけではない。
考えるべきことと、考えすぎることは違います。
自分に勝つための、正しい戦い方
もし今、前に進めない理由があるなら。
僕はこう思います。
- 無理に迷いを消さなくていい
- 不安を否定しなくていい
ただし、
やらない自分とは、必ず戦うこと。
そのために必要なのは、
「勝つための言い訳」を集めることです。
・なぜ今なのか
・なぜ自分なのか
・なぜやらない方が後悔するのか
その材料を揃えて、自分自身を説得する。
それができたとき、人は静かに前へ進めます。
思考は、行動に変換されて初めて価値を持つ。
この半年を経て、僕はそう確信しています。
会社員として働きながら、
副業(物販)と投資信託で「静かに積み上げる資産形成」を実践しています。
HSP気質ゆえに、
勢いや根性ではなく“考えて動く副業”を追求し、
利益率・回転率・仕組み化など、現実に即した実務ベースの方法だけを選択してきました。
投資はS&P500を中心に、
長期・低コスト・高再現性の手法で資産を育てています。
過度な期待も不安も持たず、数字と構造を冷静に見つめるスタイルです。
変化の激しい時代でも、
小さな挑戦と淡々とした継続が、
未来の大きな安心につながる――そう信じています。
“光と闇の両側から現実を見る”視点で、
副業・投資・働き方の「再現できる知識」だけを発信します。
家族との安心を育てるために、生き方そのものを静かに積み上げていく。


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