私は普段、お金の話や副業の話、あるいは人生の思想について書いています。
しかし今日は少し視点を変えて、「家族を大事にする」ということをお話しさせていただきます。
■ 家族は「自然な共生の形」だと思う理由
私は、家族は基本的に一緒にいるべきものだと考えています。
もちろん家庭によって事情は違い、一緒に暮らせないケースがあることも理解しています。
DVや深刻な性格の不一致など、距離を置く方が安全な場合も確実に存在します。
ただ、基本形としての人間社会は「共生」で設計されていると感じています。
- 子育てで忙しい世代は、祖父母が子どもを見る
- 祖父母が身体の自由を失えば、働き終えた世代が面倒を見る
- 子どもや孫が支え、生活を共にする
この循環が自然とできているとき、社会はもっとも健全に回ります。
そして何より、この循環にはひとつ大きな利点があります。
■ 人生でいちばん怖いものは「孤独」である
私は常々、人がもっとも怖がるべきは 孤独 だと思っています。
お金がないよりも、孤独の方がずっと危険です。
孤独は人の判断力を静かに奪い、
心の弱さに付け入る存在——詐欺や悪意——を引き寄せます。
家庭で助け合っているとき、詐欺は成立しにくい。
- 「変な電話が来たら家族に相談する」
- 「一人で判断せず一緒に動く」
- 「お金の話は家族と確認する」
これだけで詐欺被害のほとんどは防げます。
しかし、社会から孤立し、1人で考えざるを得ない状況に追い込まれると、
その“弱点”に付け込む者たちが必ず現れます。
実際、私の親族でも、その兆候が見える人がいます。
若い頃は鋭かった判断力も、退職し長い孤独の中にいるうちに、
少しずつ曇ってしまう——これは誰にでも起こり得ることです。
だからこそ私は、孤独こそが最大のリスクだと考えています。
■ 孤独が埋まらない限り、欲は永遠に満たされない
精神が満たされなければ、
どれだけ金銭的に満たされても、心はさらに欲を求めます。
- 認められたい
- 助けてほしい
- 心の穴を埋めたい
これは人間として自然なことですが、
放置すると「もっと、もっと」と欲求が膨らみ続け、
終わりのない循環に入ってしまうのです。
もちろん友人関係が支えになることもあります。
しかし友人にはそれぞれの家族がいて、
ずっと寄り添ってくれるとは限りません。
だからこそ、最終的に人生を共にするのは家族。
可能であれば、家族に看取られ、家族に認められる最期を迎えることは、
一つの美しい形だと思っています。
■ 家族を持たない選択をした人でも「孤独への対策」が必要
家族を持たない生き方も、もちろん尊重されるべきです。
その場合は、現代には素晴らしい選択肢があります。
- 文化的な活動が充実した高品質な老人ホーム
- 個人を尊重しつつも、適度に人と接点を持てる場所
孤独に苛まれず、豊かに生きる道は確実にあります。
重要なのは、孤独に対して無防備にならないこと。
これが人生の後半戦で大きな差を生みます。
■ 家族を大切にすることは、資産形成の「主眼」を定めること
そして最後に、資産形成の話に戻ります。
私は、副業も投資も、
すべて「未来の家族のため」に行っています。
- 家族で助け合う生き方を守るため
- 孤独を避け、精神的に豊かに生きるため
- 最後に後悔のない人生を歩むため
資産形成は“目的そのもの”ではなく、
家族という軸を守るための手段だと考えています。
今日は少し脱線しながらも、
家族・孤独・資産形成の根底にある「真の主眼」についてお話ししました。
あなたの人生のヒントになれば、とても嬉しく思います。
会社員として働きながら、
副業(物販)と投資信託で「静かに積み上げる資産形成」を実践しています。
HSP気質ゆえに、
勢いや根性ではなく“考えて動く副業”を追求し、
利益率・回転率・仕組み化など、現実に即した実務ベースの方法だけを選択してきました。
投資はS&P500を中心に、
長期・低コスト・高再現性の手法で資産を育てています。
過度な期待も不安も持たず、数字と構造を冷静に見つめるスタイルです。
変化の激しい時代でも、
小さな挑戦と淡々とした継続が、
未来の大きな安心につながる――そう信じています。
“光と闇の両側から現実を見る”視点で、
副業・投資・働き方の「再現できる知識」だけを発信します。
家族との安心を育てるために、生き方そのものを静かに積み上げていく。



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